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イースVI
-ナピシュテムの匣-
Ys VI -The Ark of Napishtim-
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(テキスト 2003年10月1日 加筆修正 2004年4月4日)
「アドル・・・おにいちゃん・・・って呼んでもいい?」
ヒロインは双子の姉妹。姉はしっかり者、妹は人見知りが激しく口数も少ない。よく見ると、尻尾が生えて耳っこがピンッと立ってやがる。うーん、これはまさしく、エロゲー・ギャルゲーの王道を突っ走る、よく見慣れたキャラクター設定ではないか? ”うたわれるもの”とか。「おと〜さん」(ぎゅっ)ってな。 そもそも、「イースI」および「イースII」は、ギャルゲーの基礎たる部分・・・つまり、ヒロインキャラへの「萌え」(当時はそういった言葉は有ったかもしれないが、一般大衆用語ではなかった)の要素を確立したゲームであるから、そのシリーズの「6」でも、そうした部分は幾つか出てくるんだろうなぁ・・とは簡単に予想できた。 実際、イースIIエターナルのときも、かつての十数年来ヒロイン人気をいいことにオープニングアニメムービーでは「これ見よ!」とばかりに”振り向き”が大々的にクローズアップされたわけで、昔のイースファンは、本当にショップのデモ・ディスプレイに振り向いてしまった。ファルコムの第一策略の成功である。冗談抜きで、これは凄い・・・というか、不思議な現象だと思った。耳に残るBGMと、なつかしの演出のリフレイン。その相乗効果は大きなもので・・・うんぬん。ストップ。やめよう。
今回の「6」でもそれに近い要素をやってのけるコトだろうと想像していた。店頭POPで1m50cmを越す大きさの姉妹が立てられ(間近で見ると、これがまたデカいんだ!)、雑誌広告うんぬんを見てもやはり姉妹が出てくる。主人公アドルの存在は何処へやら?な状態の中、ゲームがリリースされたわけだ。店頭デモムービーも二種類用意され、かなり気合が入っていた。特に、後発のムービーでは特典紹介を省き、純粋にゲームプレイの部分をピックアップしたものだった。ヒロインたちも中々に登場する。
さて、実際のゲームではどうだろうか・・・? 姉妹に関しては描写不足が目立ち、萌える云々以前にゲームが終わってしまった。つまり、確かにキャラクターヴィジュアル単品では魅力的だったかもしれないが、ゲームの中では「全くキャラクターが立っていなかった」のである。姉は事あるたびにアイテムをアドルからもらっては「有難う」の会話の繰り返し、どっちかというと妹の方が「この赤毛怖い」⇒「助けてもらった」⇒「信用できる」⇒「私のお兄ちゃんになって」になるまでの心情の変化あって、キャラとしては分かりやすいポジションにあった。そんな姉妹キャラを含めて、メインキャラ勢のキャラクタの殆どは、一言で「薄い」としか言い表せないものであったのだ。
そりゃそうだろう。ゲームのキーパーソン的存在である”ガッシュ”にしても”エルンスト”にしても、”ドギ”、”テラ”などといったシリーズ共演者にしても、登場シーンが極端に少なく、プレイヤーサイドがキャラクターを把握し辛かった。それは、イースVIに登場するメインキャラクター全体にいえることであり、シナリオの短さ、あっけなさも相まって、キャラクタの密度が限りなく薄められてしまったのである。アクションに熱中できた反動かもしれないが・・・。とにかく、キャラクター造詣を深めるには、後に発売された「イースVIマテリアルコレクション」や「書籍版・イース大全集」などの資料集がないことには話しにならないレベルだった。 (例えば、物語の重要なキーパーソンであるエルンストは、ゲーム中に2.3回しか登場しない。)
冒頭でとり出した「うたわれるもの」では、キャラクター毎に感情移入しやすいよう細かいエピソードがシナリオ本編のあちこちに散りばめられ、それらを「探す楽しみ」みたいなものがあった。(詳しくは、うたわれるものレビューをみてほしい。)そうやって、キャラクターへの造詣を深めていくことで、キャラクターに、そしてゲームにのめりこんで行く訳であるが、ファルコムがシナリオ・キャラ部門でやりたかったことはデモムービーでのヒロインクローズアップシーンを見る限りでは、やはり、”キャラクターの魅力”(特に、ヒロイン級の)を引き立てること、だった、としか考えることが出来ない。

となると、それは成功したとはいいがたい。僕は思う。 うさださくらのようなゴーストシェル”もどき”を用意したり、ヒロインが主人公に徐々に打ち解けて「おに〜ちゃん」と呼ぶとか(あっ、いつの間にかイーシャがヒロインになってらぁ…)、そういうゲームとしての「ツボ」の部分は分かっちゃ居るんだろう。でも、そういうファクターが、魅力としてユーザーに伝わるかというと必ずしもそうとは限らない。キャラクターをうまく料理する裁量こそが、”ギャルゲーもの”の最も難しいところ。とくに、キャラの魅力を打ち出す「キャラモノ」ではなおさらのこと。
ヒロイン級のキャラやメインキャラが薄いわりには、なんでもない村人の会話が妙に細かく設定されており、会話内容の変わり目が何処なのか分からないほど多彩なのはファルコムゲームの専売特許みたいなもので、いつの間にか会話フラグが立って、話が変わっているのを探すのが中々面白かった。 それこそまさしく、「ふぁるこむは、ファンタジーの雰囲気を持つアドベンチャーゲームを作った方がいいんじゃねえの?」と思ってしまう位に。
キャラクターが立たないのなら、シナリオもあっけないもの。シナリオがいつの間にか終わっていた。陽動作戦の後突撃したら、いつの間にか最終目的地にいた、僕はそんな感じだった。シナリオへの感想は、「アドルの、ひとつの冒険を経ての成長」は過去の「I〜V」と比較するならば、全くといっていいほど感じられなかった。

パッケージ・宣伝・デモムービーを見ると、イースVIのファーストインプレッションは「キャラゲー」だ。ゲーム中のヴィジュアルもそうだ。
だが、それはあくまで表面的な部分だけであり、ゲームの本質、つまりアクション+ロールプレイングの部分では中々秀逸な「ゲーム」を用意している。それこそ、二・三年前までは「イースIIエターナル」のような十数年前バリの懐古主義を貫き通したゲームばかりを作っていたメーカーとは思えない程のゲーム性の格段の向上。そして、なにより、昨今のファルコムゲームでは、とうに無縁と思えていた「アクションのテンポのよさ」を有すること。(アクション性に期待していなかったのです。)約二年前、A.RPGの新作としてリリースされた「ツヴァイ!!」の時のアクションシステムの「もう一歩・・・!」というところを補うには余りあるものであった。

アクションRPGなので剣を振ることがメインの攻撃となる。基本となる三連撃が用意されているのみならず、そこから派生する風の技につなげたり、次は武器を持ち替えて連打を繰り返して雷の技をつなげたりと、基本アクション後のカンタンなキー入力によって止めの一撃となる魔法アクションを繰り出せるのが快感なのだ。 前作の「イースV」では、魔法(の源となる石を)を剣に装備して魔法ボタンで発動させるものだった。しかし、発動モーションに隙が多く、発動中でも敵が自由に動けるので当たらないといったことが多く、失敗したシステムだった。だが、「VI」では、「剣による連撃の後の一撃」が魔法で、それは必ずしも「MP残量が許す限り撃ち放題」というわけではなく、一発放ったらゲージ(画像の左下、赤/青/黄のゲージ)が溜まるまで撃てないという制限が設けられている。MPであるゲージは敵を攻撃することで徐々に溜まっていく。中盤以降、剣を強化していけば自動で溜まるようになる。決して厳しい制限ではないが、いざという時、バシバシ放てない「仕組み」なのだ。 だから、ボス戦など、剣魔法を多用するシーンでは、この制限が程よい緊張感を生み出しており、剣で斬りつけた後に魔法を撃つのが楽しいのである。
アクション・アビリティーがかつての「体当たり」・・・きつく言えばPC-88・9801時代までのファルコムA.RPGの「ファルコムアクション」とは比べ物にならないほど向上した。
過去から続くファルコムA.RPGの主流であるアクションシステムの流れを、自らが誇るドル箱ゲーム「イース」を以ってして根底から覆したのである。つまり、ザナドゥ、ドラゴンスレイヤーから続くA.RPGの基本攻撃は「体当たり」(キャラクターシンボルでぶつかる行動を総称する)のファルコム黄金律を自ら書き換えたのである。 まぁ、「体当たり」だろうが、「剣をふる攻撃」だろうが、ゲーム自体が面白ければそれでよいのだが、さすがに現在の目の肥えた(ゲームそのものに肥えた)ユーザーからは「体当たり」は前時代的だといわれる前にクソとか言われそうだし。
ボスバトルでは、久しぶりにアクション熱が燃え上がったよ。 ボスが飛ばしてくる雑魚敵をホームランとばかりに跳ね返す爽快度。(よく考えた!感動した、と笑ったものだが。)ボスが必死に生み出した卵を谷の奥へ投げ飛ばすのには、ちょっとばかり罪悪感を感じたものよ。そんな感じで、全てのボスキャラクターのアクションには何らかのギミックが用意されていて、視覚的にも楽しめるものが多かった。

プレイされた諸氏ならばとうにお気付きのことかと思うが、イースVIは剣を振ろうが、画面が3Dになろうが、最も重要な「直感的な操作系」は2Dのテイストをそのままに受け継いでいるのである。バリバリの3Dゲームを前にして”3Dきらい/拒絶”反応を起こすユーザーもすんなりとイースVIが受け入れられた。これは最も評価すべき点であり、ファルコムの正当進化を感じさせる一点なのである。 おそらく、今後のファルコムのRPGは、イースVIのように3Dでありながらも、一人称視点ゲームのような完全なディティールを再現したものではなく、シンボルキャラを有した2・3頭身キャラによる3Dものになると考えられる。現時点で公開されている二つのアクションRPGを見る限り、その傾向は如実に現れている。
イースVIに戻ろう。 剣による攻撃力バランスの違いこそ在るが、武器の数を最低限にまで絞り、アクションに熱中させるように(意図的に?)したことは良い判断だと思う。武器をメニューを通さずに一瞬でチェンジできるのも良い。
ファルコム側がPRでも書いた、 「場面ごとに、異なる三つの剣を使いこなせ!」 は、残念ながら、個人個人のプレイスタイルによっては換えずに戦い通すことが可能であったり、青剣の魔法攻撃力&圧倒的な使いやすさによるインフレーションにより実現しなかったが、最終戦で武器を取り替えながら戦わなくてはならないところが在る。そこで、ようやく三つの武器を取り替えながら戦うことが実現したのは、皮肉に近いものがあった。 「ツヴァイ」の試行錯誤中を思わせる、ややカオスめいた荒削りの未完成システムが、イースVIでより洗練され、シンプルながらも手堅いシステムとして練り直されて登場した。そして、それは今後のアクション主体のRPGに、このイースVIで創ったアクション性は、きっと生きてくると僕は思う。
「イース」シリーズは、ファルコムのゲームの中でも、最も浅いファン層からコアユーザーまでを手広く擁する稀なタイトルである。イースIIエターナルの18万本というPCゲームとしては異例のビッグレコードからも分かるように、その影響力は計り知れないものがあると同時に、事実上、ファルコムの看板タイトルであることには間違えない。(「イースVI公式ページ」が、ゲーム発売前までの短い間で100万ヒットのアクセスを突破したことからも、これは実感できる。)
だから、当時のシリーズファンを納得させるための要素として、過去のイースシリーズとの物語のつながりを示唆させる表現を使ったり、主流キャラのイベントの大半に過去シリーズへのオマージュ的な要素をふんだんに盛り込んでいるなどは、仕方の無いことだろう。そんな、過去からの因縁などが絡み合って、やはり、ファンサービス的色合いが強い作品となった。 そんな中、イースIに登場した考古学者ラーバとの会話から徐々に文明の謎を解き明かしていくところなど、「初代イースI」を髣髴とさせるアドベンチャーRPG的なテイストが残っていたのはうれしい誤算であった。
でもやっぱり、ドギの壁壊しにしてもテラの存在にしても、ちとファンを意識しすぎているのではないだろうか?と思ってしまう。もっと言えば、過去のイースのしがらみから離れきれていないのではないだろうか?と感じてしまう。直接的な模倣を避けて、あくまでもイースへのオマージュならば分かるが、明らかに過去のシリーズの使いまわしなイベントは、ちょっと変である。
音楽にしてもスタッフロールのアップテンポ調サウンドなんか、その前の荘厳な劇伴風サウンドとつなげて聞くと明らかに違和感丸出しだし。やはり、イースI、イースIIのエンディングテーマ曲のチープでのんきな雰囲気を継承しているあたりが見て取れるしね。
でも・・・それはそれで「イースだからこそ」良いのかもしれない。
勧善懲悪の時代劇のように、大まかに定められた流れがあり、「定番」があり、キャラクターはこういうスタイルであると最初ッから決められている。イースもシリーズを六作目を重ね、完全に定着したんだなぁとしみじみ感じた次第であった。
たとえ、イースがシナリオ・演出で保守的で変わり映え無かろうとも、肝心のアクションパートで一つのファルコムRPGのターニングポイントを提示したことは、紛れも無いファルコムの大きな変化であり、進化であると僕は思っている。 そのアクション部分の熱意が、ツヴァイ、VMジャパン以降の本作を含めて「お話がいまいち感」がぬぐえないシナリオ・演出部門にも伝播すればいいなぁと思った次第である。
The "Ys" series is
a fantasy role playing game based on the theme of "kindness",
and the most important of works by FALCOM. Presently there are
5 titles, Ancient Ys Vanished, Ancient Ys Vanished The Final Chapter,
Wanderers from Ys, The Dawn of Ys/THE MASK OF THE SUN, and Lost
Kefin, Kingdom of Sand.
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