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ダイナソア・リザレクション
DINOSAUR RESURRECTION
DINOSAUR
RESURRECTION/レビュー
テキスト作成:2003年3月14日、大幅加筆:2003年10月28日

新作のRPGはいつ出るの?

Oh, my god ... !!
軍神さま、救いの手をッ!!

そりゃ、漢のゲームですからな。 ダイナソアを持ってくる辺り、採算度外視の潔さは、「漢」を感じたものでしたよ。

まさにリスペクタブル・ガイ!!
(株式報告書にも、ダイナソアを「新作」として記載する位ですから・・・)

ま・・・信者なんてそんなもんだろ。

みんな、心のファルコムバイブルを開きなさい

・・・やっぱ、「儲け」だろ?
出来れば・・・・・・俺も 前向きなファンでありたかったよ・・・・。
切ないよなぁ・・・・・。
【ダイナソア・リザレクション〜ゲームレビュー】
ダイナソア・リザレクションは、1990年にPC-8801、9801のハードで発売された同名のタイトルを「エターナル化」したとファルコム自身が公言しています。ファルコムにおけるエターナル化・・・・・・それが意味するところは、Windowsにおけるイースエターナルシリーズをプレイしたファン諸氏ならばご承知のところかと思うが、あらためて説明をしましょう。ひとことで言うと、たんなるベタ移植にとどまらず、新作を作り上げる並みの労力を込めてリバイバル作業に力をつぎ込んだリメイク作品のことを「エターナル化」といい、同社はPC-9801からWindows95/98環境へ移転した数年後、「エターナル路線で行く」とも公言しています。 しかし、実際にイースI・イースIIエターナル級の大掛かりなリメイク作業を施した作品は他には見受けられず、結局のところはエターナル化=イースシリーズ限定のこと、という図式が成り立ってしまっていました。(ファルコムも、エターナル化路線については閉口してしまった。)そんな中、リメイク路線も落ち着きかけた2002年になって、ダイナソアのリメイクが発表されたわけです。これにはファンの誰もが驚いたものでした。
「ファルコムのエターナル化第二弾」 とは如何なものだったのでしょうか?考えて見ましょう。
基本的なゲームのリメイク要素は、PC-9801、8801のダイナソア(以下、原作版)を踏襲し、グラフィックの3D化、わかりやすいマッピングシステム、戦闘バランスの調整、ゲームの特徴でもあったエンカウント率の変更&出現率システムの追加など、ハードな原作版を踏破してきたダイナソア・ファン向けのゲームというよりは、新たなゲームユーザー向けにリメイク作業が施されたと考えられます。
システム部分に着眼すれば、 操作性の改良、方向確認、不条理なエンカウントが減った事による滑らかなストーリー展開など、プレイアビリティーが大幅に向上された数々の改良点も見逃せない。それこそが、ファルコムが公言する、今の自分たちできる最大の事を成す「エターナル化」の名を名乗るに相応しい仕事といえるでしょう。
ゲームプレイの中で大半を占める戦闘シーンも、攻撃エフェクトが3Dで表示されるなど、細かい改良もあった。魔法エフェクトなどは、ゲームによってはそれをぼ〜っと見続けなければならないことも多く、かえってそれがストレス蓄積につながるものもあったが、ダイナソアReのエフェクトは実にすばやく、ストレスには繋がらない。メリハリの利いたシームレスな戦闘と移動の繰り返しは、(あくまで個人的にですが・・・)爽快感に繋がるところがあった。戦闘のアレンジは+○と個人的に好評価である。
しかし、様々な改良点を加えたリザレクションであったが、原作版ファンを中心に、ダイナソア・リザレクションの評価は決して良いものではなかった。改善どころか、改悪とまで呼ばれたダイナソア・リザレクション。それを端的にあらわすのが、ゲーム中に導入される数々のBGMのアレンジヴァージョンや、シナリオの書き直しなどである。特に前者のBGMは相当な批判を受けた。僕自身も一部、サウンドで明らかに「ゲーム違いだろ?」と思えてくるシーンが幾らか有ったが、それらだけでゲームそのものの評価とに直接結びつける気にはならなかった。 逆に言えば、BGMやシナリオのアレンジだけで相当の批評が飛び交うということは、それだけ「ダイナソア」というゲームが原作ファンに愛されていたまぎれもない証拠であり、それこそ、”ダイナソア”を復刻企画にまでこぎつけた一部のファルコムスタッフとファンとのダイナソア愛が12年という時代を超えて完全証明された結果でもあったのではないだろうか。
*注)ダイナソア・リザレクションの企画は、公式掲示板で続いたダイナソア移植希望!の書き込みから端を発してる。
ゲームリメイクのパッケージは作れても、《原作の持つ雰囲気》までは完全復刻できなかった。それこそが原作ファンの大多を敵に回した理由であると僕は思っている。もっとも、リメイクってなぁそういうものじゃないのかな。今現在の環境で、当時と違う制作スタッフで、現在の制作機材をもってして作る。それが必ずしも、当時を再現できるとは限らないし、スタッフそれぞれのゲームの思い入れ熱量も当然各人によって違う。エミュレーター化のような画一の移植は別であるが、アレンジを加えた復刻作業を施したリメイクゲームには、ファンが当時受けたヴィジョンと現在との「現実」の差が生じるわけだ。 大多数の原作プレイユーザーに”移植として良作”として受け取られるか、駄作として受け取られるかのボーダーダインは、「当時とのイメージの差」が小さいかどうか、または、原作版当時の評価の高かった点を更に改良したかどうか、によるところではないだろうか? 本リザレクションの感想をネットで見る限り、ゲームシステムの大幅改良によるアレンジよりも、音楽とシナリオから来る「ゲーム世界観のアレンジ」から受けたダメージの方が大きいように見て取れた。(ダイナソアは、ファルコムゲームでも誇ることが出来る秀逸なシナリオと、起承転結のはっきりとしたBGMと、カードと運命とに彩られた世界描写などが絡めあった、すばらしいゲームであると僕は信じている。時代が時代なら、イースよりも高く評価されても何ら不思議はない。すくなくとも、世界観構築という点においては・・・・。) さじ加減一つで、リメイクは駄作にも名作にも変わるのである。
だから、リメイクは難しい。
特に、ファンを多く抱えるゲームになればなるほど、原作プレイヤーのニーズに応えるには並々ならぬ骨の折れる作業を繰り返さねばならないのだろうか、と考えてしまうほどに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
結局、ダイナソア・リザレクションは売れなかった。一万本にも満たなかったときく。 原作版も、リザレクションも、プレイヤーは全体数の中でごくわずかということが証明されてしまい、ダイナソア党の僕としては肩身が狭い思いだ。こういう、暗いけど味わいのあるゲームもあったっていいのですが。ファルコムファンの大多数には、この手の、プレイヤーにシナリオへの考察の余地を大きく残す「言葉遊び」系ゲームはウケないのだろう。 商業的にも、ファルコムブランド派閥内でのファン争いにも敗れ去り、今後、こういったダークホースRPGはファルコム内では出し辛くなっていくのではないだろうか、と不安すら感じるようになった。
ツヴァイ・VMジャパン・イースVI・・・・・・。一連のファルコムゲーム作品におけるシナリオ構築レベルの大幅低下が囁かれる昨今、ダイナソアのような成熟したワインのような味わいのあるシナリオと世界観を重視した稀夕なゲームから学び取ることが出来るモノもあるのではなかろうか?と思った、今日この頃でした。
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